昭和のテレビお茶の間に空前の落語ブームを巻き起こした八代目 橘家圓蔵。爆笑落語の第一人者としてお茶の顔となった彼の存在感は圧倒的だった。その一方で、寄席の伝統と品格を守り抜いた桂歌丸との交友と切磋琢磨は、落語史における珠玉の1ページである。
流派やスタイルの垣根を越え、ふたりは落語協会などの枠組みの中でも互いの芸を尊重し続けた。テレビのバラエティ番組で見せる顔とは別に、寄席の楽屋で見せた真剣勝負の眼光。後進の育成に命を削った彼らの情熱こそが、今日まで落語という芸が息づく最大の原動力となっている。