野中広務氏の政治家としての原点を語るうえで欠かせないのが、叩き上げの地方公務員時代です。京都府立園部中学校を卒業後、1943年(昭和18年)に日本国有鉄道(大阪鉄道局)へ入局。終戦直後の混乱期、弱冠20歳で国鉄労働組合(国労)大阪地本青年部長などを務め、現場の労働運動の最前線に立ちました。
その後、故郷へ戻った野中氏は園部町役場の書記として採用され、本格的な地方公務員生活をスタートさせます。当時の地方行政の現場には、貧困、地域格差、そして根深い部落差別が色濃く残っていました。野中氏は町民の生活に直結する土木・福祉・農政などの実務に奔走しながら、理不尽な差別に苦しむ人々の声を肌で体感します。この「行政の末端で見た弱者の現実」が、後の政治活動における揺るぎない背骨となりました。