日本裏社会の歴史において、1980年代半ばに勃発した山口組と一和会の抗争、いわゆる山一抗争ほど苛烈を極めた戦いはない。その中心で陣頭指揮を執ったのが一和会副会長の加茂田重政だった。
1988年、抗争の終結とともに渡世から身を引いた加茂田は、かつての派手なメディア露出を一切封印した。神戸市内の自邸で静かに余生を過ごし、表舞台に姿を現すことはほとんどなかったという。近隣住民の目には、ごく普通の高齢男性として映っていたとされる。権力の絶頂から一転して選んだ隠遁生活の末、2026年9月に90歳で逝去。その死は一時代の終わりを告げる象徴的な出来事となった。