時代の荒波の中で、一時は解体の危機や敷地の分断という現実的な脅威に晒された時期もあった。その窮地を救い、今日までその価値を繋ぎ止めたのは地元の強い保全への意志だった。1980年代末、開発の波が迫る中で岩手県生活協同組合連合会が立ち上がり、建物の取得と保存・公開へと踏み切った歴史がある。
こうした長年にわたる丁寧な維持管理と地域に根ざした活用が評価され、敷地内の建物や庭園は国の登録有形文化財に指定された。盛岡市役所をはじめとする行政や地域コミュニティとの連携も深まり、歴史的遺産を市民の財産として次代へ引き継ぐ理想的なモデルケースを確立している。