芸能界やテレビ界でのポジションを確立し、誰もがその順風満帆な活躍を疑わなかった1990年代半ば、石井氏の人生に大きな転機が訪れます。実妹の難病発症と、それに続く母親の介護という過酷な現実に直面したことです。公私ともに多忙を極めるなか、自らの手で家族の命と生活を支えなければならない極限状態を経験した彼女は、芸能界の華やかさとは真逆の「生と死の現場」に深く向き合うことになります。
「病に苦しむ家族を前に、自分には専門的な知識も技術もないという無力感に苛まれた」。自著や手記でそう振り返った石井氏は、なんと40代前半(1997年)にして聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)へ進学を決意します。周囲からは「なぜ今さらすべてを捨ててまで」「無謀すぎる」と猛反対されたものの、睡眠時間を削りながら若い学生たちに混じって実習と講義に没頭。見事に看護師国家資格を取得しました。
彼女の探求心はそれだけに留まりませんでした。臨床現場で直面する医療制度の課題やケアの限界を痛感した彼女は、研究者として構造を変えるべく東京大学大学院医学系研究科(健康科学・看護学専攻)修士課程へと進学。さらに博士課程まで進んで研究に打ち込み、最終的に保健学博士の学位を授与されました。知的好奇心と切実な使命感が融合したこの学び直しの軌跡は、日本のリスキリングにおける先駆的モデルケースとして現在も高く評価されています。