原の政治生命を語る上で、元老・山県有朋という巨大な壁を避けて通ることはできない。長州藩閥の頂点に君臨し、軍部と官僚機構を意のままに操った山県に対し、原は自らが率いる立憲政友会を武器に真っ向から対峙した。
その戦いは、決して正面からの武力衝突や派手な舌戦ではない。人事権の掌握、予算配分の駆け引き、宮中を巻き込んだ情報戦。原は山県が張り巡らせた官僚統制の網の目を、ひとつずつ合法的に解体していった。ときには山県の懐に飛び込んで頭を下げ、実利を奪い取る。ある歴史家はこれを「老獪な巨人と不屈の策士による究極のチェス」と評した。
平民出身でありながら爵位を一切拒み続けた原の矜持。それは、藩閥という特権階級の支配を終わらせ、議会の多数派こそが国家を動かすという新時代のルールを打ち立てるための、計算し尽くされた戦略的ブランディングでもあった。