県庁が宇都宮へ移転したにもかかわらず、なぜ県名は「宇都宮県」へ改称されず「栃木県」のまま残されたのかという疑問も残ります。
明治政府の行政慣例において、一度確定した府県名を変更するには煩雑な手続きと莫大な公的コストを要しました。明治6年の合邦時に定まった「栃木県」という名称はすでに中央政府や公文書で定着しており、県庁の所在都市が変わったからといってわざわざ県名まで再変更することは行われませんでした。
また、全国的にも「岩手県盛岡市」「山形県山形市」「宮城県仙台市」「神奈川県横浜市」のように、旧藩名や旧県庁所在地と現在の都市名が乖離している例は珍しくありません。明治初期の政治的力学や官僚主導の再編を経た結果、名称と所在地の一致にこだわらない近代行政区画の姿が定着したのです。