専門的な対義語・国語学のパラダイムにおいて、言葉の対照性にはいくつかのレイヤーが存在する。「自力」と「他力」は、主体の力(内発的エネルギー)と客体の力(外発的エネルギー)を対置させる純粋な対義語ペアである。ここに「本願」という宗教的概念が合体した「他力本願」は、本来は対義語の枠組みを超えた高度な思想用語なのだ。
現代の国語学では、対義語を単なる「Aの反対はB」という機械的な記号置換として捉えるのではなく、その言葉が描くコンテクスト(背景)を含めて分析する。つまり、「自力」の対義語として「他力本願」を置くことは、厳密な文法・構造論としては不適切であり、「自力」に対する正当な対義語はどこまでも「他力」なのである。