彼女のキャリアを語る上で欠かせないのが、生放送の緊張感が渦巻く生粋の「現場」だ。入社間もない時期に抜擢されたTBSテレビの看板番組『サンデージャポン』は、彼女のアナウンサー人生における決定的な転機となった。
毎週日曜の朝、個性豊かな出演者たちの強烈なフリートークが飛び交うスタジオで、進行を破綻させずに裁く手腕は連日試された。当時の青木裕子は、画面上で見せる軽妙な掛け合いの裏で、終わりのないプレッシャーと闘い続けていたという。
王道の報道アナウンサーを目指していた理想と、エッジの効いた情報バラエティ番組で要求される即興性。その間で揺れ動きながらも、独自の「進行の美学」を確立した経験こそが、現在の揺るぎない芯を作った。