キャリアの大きな転換点となったのが、2026年4月のワコールから資生堂への移籍です。実業団トップ選手が他チームへ籍を移すことは陸上界で大きな反響を呼びましたが、その背景には明確な競技環境の見直しと私生活の変化がありました。
当時、恩師である永山忠幸監督の指導のもとで急成長を遂げた一山でしたが、結婚を機に拠点を関東へ移す必要性や、新たなトレーニング環境を求める思いが重なったことが移籍の引き金とされています。資生堂加入後は、同世代の実力派ランナーたちと切磋琢磨し、全日本実業団対抗女子駅伝(クイーンズ駅伝)優勝などチームの柱として貢献しました。
しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。パリオリンピック選考レース(MGC)前後からは股関節や脚部の故障に幾度となく悩まされ、長期のリハビリを余儀なくされる局面も経験。レース直前まで状態が懸念される中、不屈の闘志でスタートラインに立ち続けた姿は、多くの関係者から「真のプロフェッショナル」と評されました。