2000年代初頭、永田町に電撃的なニュースが駆け巡った。自民党内で頭角を現していた野田聖子と、同じく若手有望株であった鶴保庸介の交際発覚である。二人は婚姻届を提出しない「事実婚」という形式を選んだ。当時としては極めて先進的な選択であり、衆議院および参議院に所属する大物政治家同士のカップルとして、連日のようにメディアの紙面を飾った。
しかし、不妊治療への取り組みや多忙を極める議員活動の中で、互いの関係には少しずつ摩擦が生じ始める。2006年に二人が事実婚の解消を発表した際、永田町には大きな衝撃が走った。子供を強く望んでいた野田と、政治家としての立ち位置を守ろうとした鶴保の思惑の違い。その破局の真相は、単なる男女の離別を超えた政治家としての生き様の葛藤そのものだった。