海外展開を強力に推し進めたのが、アジアのカルチャーを世界へ発信する世界的レーベル「88rising」だ。世界最大級の音楽フェス「コーチェラ・フェスティバル」のメインステージに出演を果たし、アメリカをはじめとする海外ファンを熱狂させた快挙は記憶に新しい。
しかし、海外レーベルとの契約は甘いものではなかった。2026年に入り、楽曲の権利関係や長期ツアーの拘束期間、表現の自由度を巡って、海外側スタッフと日本の運営陣との間で意見の食い違いが深刻化したとされる。過密すぎる海外スケジュールの負担が、メンバーの肉体と精神を蝕んでいったことも否定できない。