淡路恵子との泥沼離婚から3年後の1990年、萬屋錦之介は甲にしき(本名:小室幸子)と再々婚しました。甲にしきは宝塚歌劇団花組の男役トップスターとして絶大な人気を誇った名舞台人です。
略奪婚として激しい世間の逆風を浴びた甲にしきでしたが、再婚後の生活は錦之介の度重なる病魔との戦いでした。1993年、錦之介は喉の違和感を訴え、精密検査の結果下咽頭がんと診断されます。役者にとって命である「声」を失う危機に直面しながらも、甲にしきは夫の治療計画を徹底管理し、食事療法や精神的ケアに尽力しました。
手術とリハビリを経て再び舞台に立った錦之介でしたが、病魔の進行は止まらず、肺炎を併発。1997年3月10日、下咽頭がんによる心不全のため64歳で死去しました。錦之介が息を引き取る瞬間まで手を握り、静かにその最期を看取ったのは甲にしきでした。
錦之介の没後、甲にしきは舞台プロデューサーとして活動を続け、宝塚歌劇団の卒業生組織や演劇界の要職(宝塚歌劇団理事など)を歴任。劇界の発展に寄与し続けました。