水野由結の選択を単なる「アイドルの一身上の都合」として片付けることはできません。ここには、日本の芸能システムにおける若年タレントの育成課題と、青年期におけるアイデンティティ確立の心理的危機が深く横たわっています。
発達心理学の観点から見ると、水野由結がBABYMETALとして世界中を飛び回っていた11歳から18歳という時期は、エリク・H・エリクソンが提唱する「アイデンティティ(自己同一性)の確立」において最も重要な発達段階にあたります。彼女は「さくら学院」という清楚な義務教育風アイドルから、急遽グローバルなヘヴィメタルカルチャーのアイコンへと押し上げられました。そこでは、世界中の熱狂的なファンが求める「完璧な偶像(YUIMETAL)」を演じ続けることが宿命づけられていたのです。
社会学的に見れば、昭和から平成のアイドル界に根強く存在した「過酷な労働を美徳とするステージ至上主義」の構造が、彼女の身体に限界をもたらした側面は否めません。メタルの激しいパフォーマンスと時差を伴う海外ツアーの連続は、若年期の肉体にとって過度なオーバーワークであり、結果として「バーンアウト症候群(燃え尽き症候群)」に近い心身の疲弊を引き起こしたと推察されます。
さらに重要なのは、「心理的バウンダリー(境界線)」の再構築です。大人が敷いた巨大なエンターテインメントのレールの上で世界的な名声を得る一方、「水野由結という個人の生」が置き去りにされている感覚に直面したとき、彼女は「他者の期待に応える自分」から「自分の人生を自分で決定する主体的な人間」へと舵を切る勇気を持ったと言えます。脱退時のコメントにあった「水野由結としての夢に向かって進みたい」という言葉は、巨大なシステムに対する静かな自立の宣言だったのです。