2007年3月、自宅マンションで凄惨な事件が発覚した直後、市橋は警察の追手を振り切って逃走しました。残された両親には、想像を絶する過酷な現実が容赦なく襲いかかります。
事件から数日後、両親はメディアの前に姿を現し、涙ながらに被害者と遺族への謝罪、そして息子に対する自首の呼びかけを行いました。震える声で深々と頭を下げる父親の姿は、多くの人々の記憶に刻まれています。
しかし、世間からの激しいバッシングは収まりませんでした。当時、父親の勤務先であった病院には抗議や嫌がらせの電話が殺到し、業務に著しい支障が出る事態に発展します。父親は病院側に迷惑をかけられないとして、長年勤め上げた病院を辞職せざるを得なくなりました。また、母親の歯科医院も患者が激減し、事実上の廃業・休業へと追い込まれることになりました。