なぜ越中屋は「悪の象徴」へと仕立て上げられたのか。その歴史的契機は、八代将軍・徳川吉宗が主導した「享保の改革」にまで遡る。吉宗は破綻しかけた幕府財政を立て直すべく、徹底した質素倹約を命じ、米価の安定に心血を注いだ。その過程で標的となったのが、米を買い占めて価格操作を行っていたとされる新興の豪商たちだった。
幕府は自らの失政や重税から民衆の不満を逸らすため、富を独占する商人をスケープゴートにした側面がある。お上が民を苦しめているのではなく、裏で糸を引く悪徳商人が民を搾取しているのだ――という巧妙なプロパガンダである。この構図は瓦版や歌舞伎の狂言として庶民の間に瞬く間に広がり、後世の創作物へ決定的な影響を与えることとなった。