北区西ヶ原の閑静な住宅街に佇む七社神社が、いま幅広い世代から熱い視線を集めている背景には、単なる御朱印集めのブームを超えた「歴史的リアリティ」と「都市型神社としてのホスピタリティ」があります。
近代日本経済の父と呼ばれる渋沢栄一翁は、1879年(明治12年)に飛鳥山へ別邸を構えて以来、この七社神社を氏神として深く崇敬しました。大正時代に社殿が焼失した際には、渋沢翁自らが奉賛会の会長を務めて復興に尽力。現在も拝殿に掲げられている社額の文字は渋沢翁の直筆によるものであり、境内の神楽殿建設にも深く関わった記録が残されています。
歴史研究者や神社関係者への取材によると、「激動の近代化を駆け抜けた実業家が、心の拠り所として選んだ神社の空気感に触れたい」というビジネスパーソンや歴史愛好家の来訪が定着。都会の喧騒を忘れさせる豊かな樹叢に包まれながら、巨星が手を合わせた同じ空間で祈りを捧げられる稀有な場所として評価されています。