ドライ戦争の幕開けを語る上で欠かせないのが、当時のアサヒビールが置かれていた絶望的な状況です。1980年代前半、アサヒビールの市場シェアは単独で10%を割り込む9.6%まで落ち込み、業界内では「沈みゆく夕日ビール」と半ば公然と揶揄されていました。
その危機的状況を打破すべく、1986年に住友銀行(現・三井住友銀行)から送り込まれたのが樋口廣太郎氏でした。樋口氏は就任早々、徹底した消費者目線への回帰を宣言。東京と大阪で計5,000人規模の大規模な市場調査を実施し、「消費者が本当に求めているビールの味」を徹底的にあぶり出しました。
当時主流だったのは、重厚な苦味と重い喉越しを持つ伝統的な熱処理ビールでした。しかし調査結果が示したのは、「料理の邪魔をせず、すっきりと飲めて、後味にキレがあるビール」を求める消費者の本音でした。この潜在ニーズを具現化し、1987年3月に世に送り出されたのが「アサヒスーパードライ」です。
発売当初、社内目標として掲げられた初年度販売数は100万ケースでしたが、蓋を開けてみれば年間1,350万ケースという前代未聞の爆発的ヒットを記録。この想定外の大ヒットが、競合他社を巻き込む巨大な嵐の引き金となりました。