なぜこれほどまでに誤解が定着してしまったのだろうか。鍵を握るのは「気を置く」という言葉の本来の成り立ちだ。
古来、日本語における「気を置く」とは、「心の中に相手との隔たりや遠慮という障壁を配置する」という意味で使われていた。つまり「気(遠慮)を置く」状態とは、まだ打ち解けていない緊張した人間関係を表す。
そこに打ち消しの「ない」が接続することで、「遠慮や隔たりを置く必要がない」=「ありのままの自分でいられる」という意味へと変化したのだ。しかし現代語において、単体としての「気を置く」という表現自体が途絶えてしまった。その結果、「置く」という動詞の意味が宙に浮き、「気を許せない」「信頼を置けない」といった現代的な漢字のイメージへと強引に結びつけられてしまったのである。