この大規模な街づくりプロジェクトは、ハード面の整備にとどまらない。当時の城間幹子・那覇市長をはじめとする那覇市役所の担当チームと、地権者や事業者が結集したのうれんプラザ事業協同組合が、幾度となく膝を突き合わせて議論を重ねた成果だ。単に新しいビルを建てるのではなく、「市場のコミュニティを潰さない」ことが最優先された。
ガーブ川の暗渠化や耐震性の高い街区の形成により、災害時には地域の防災拠点としての役割を果たす。近隣の樋川エリアや神原地区全体の住環境向上にも寄与しており、都市防災と歴史的文化の継承を見事に両立させた先進事例として全国の自治体からも注目を集めている。