1998年12月、日本の音楽シーンに激震が走った。当時わずか15歳だった宇多田ヒカルが発表したデビューシングル『Automatic』は、それまでの歌謡曲やポップスの枠組みを根底から覆すものだった。ソウルフルな歌声と洗練されたR&Bのリズム。そのサウンドの肝となったのは、ニューヨークと東京を行き来しながら本物の音を追求し続けたプロデュースワークにある。
ラジオ局への草の根アプローチや、ミュージックビデオでの独特な演出など、従来の大型タイアップ依存から脱却した宣伝手法は、音楽業界全体に大きな衝撃を与えた。飾らないありのままの魅力を引き出すブランディングこそが、爆発的なヒットを生み出す原動力となったのだ。