栄光の頂点を極めた大横綱にも、世代交代の波は確実に押し寄せていました。1991年(平成3年)夏場所初日、土俵上には歴史の分岐点となる一番が組まれます。相手は、当時わずか18歳の新進気鋭・貴花田(後の第65代横綱・貴乃花)。昭和を象徴する大横綱と、平成の相撲界を背負う若き天才による世紀の名勝負は、日本中の注目を集めました。
立ち合いから果敢に前に出る貴花田に対し、千代の富士は力及ばず寄り切りで敗戦。その2日後、貴闘力に敗れた直後、千代の富士は電撃的に現役引退を発表します。
詰めかけた無数の報道陣の前で行われた引退会見。絞り出すように発せられた言葉は、日本中のお茶の間に衝撃を与えました。
「体力の限界……気力もなくなり、引退することになりました」
涙を浮かべながらも、潔く土俵を去るその姿は、勝負の世界の厳しさと横綱としての誇りを物語るものとして、平成の名場面として語り継がれることとなりました。