一方で、猫に好かれる家族の典型は「何もしない人」だ。ソファで微動だにせずテレビを見ている父親や、猫に見向きもせず本を読んでいる家族の元へ、猫は吸い寄せられるように歩み寄る。不公平に見えるこの現象には、極めて論理的な背景がある。
猫が何より重宝するのは「予測可能性」だ。動きが遅く、こちらを凝視せず、構ってこない人間は、猫にとって「無害な家具」に近い。猫は自分のペースで近づき、自分のタイミングで離脱できる自由を愛する。何もしない人は、猫に主導権を100パーセント委ねているのだ。母親が注ぐ「能動的で濃厚な愛」は、パーソナルスペースを至高とする猫にとって、時に息が詰まるほどの干渉になってしまう。