この楽曲が生まれた背景には、1960年代末期におけるザ・ビートルズの深刻な機能不全がありました。マネージャーのブライアン・エプスタインの急死以降、メンバー4人の関係性は急激に冷却化します。財政面を統括するアップル・コアの放漫経営、新マネージャーのアラン・クラインを巡るポールと他3人の法廷闘争一歩手前の対立、さらにはジョン・レノンとオノ・ヨーコの蜜月関係に対するメンバーの戸惑いなど、ビートルズ 解散理由となる火種が至るところで燻っていました。
バンドを存続させようと孤軍奮闘したポールは、原点回帰を目指す「ゲット・バック・セッション」を主導します。しかし、トゥイッケナム・スタジオでのセッションは冷え切った空気に支配され、ジョージ・ハリスンが一時脱退を宣言する事態にまで発展しました。自分一人が空回りし、仲間から孤立していく恐怖の中で、ポールは極度の神経衰弱に陥っていたのです。
1969年1月30日、ロンドンのサヴィル・ロウにあるアップル本社屋上で決行された伝説のルーフトップ・コンサートは、警察の介入によって突如幕を下ろしました。これがビートルズとして観衆の前で行われた最後のライブ演奏となります。この混乱期に録音された音源群は一度棚上げされ、スタジオ録音の集大成である『アビイ・ロード』の制作を経て、最終的にプロデューサーのフィル・スペクターの手によってオーケストラが施され、1970年5月にビートルズ 最後のアルバム『レット・イット・ビー』として世に放たれました。