得度後の1974年、京都・嵯峨野の地に開いたのが寺院「曼陀羅山 寂庵(じゃくあん)」です。毎月開催された法話の会には、全国から人間関係や不倫、孤独に苦しむ人々が殺到。自らも罪深き人生を歩んだ寂聴だからこそ語れる、ユーモアと慈愛に満ちた言葉は、何十万人もの心を救い続けました。
90歳を超えてからの寂聴を語る上で欠かせないのが、2011年から秘書を務めた瀬尾まなほ氏の存在です。66歳という孫ほど年の離れた瀬尾氏との関係は、主従を超えた家族そのものでした。若き秘書に突っ込まれながら肉を食べ、スマートフォンを使いこなすお茶目な姿はメディアでも大反響を呼び、晩年の寂聴に新たな活力を与えました。
そして2026年11月9日、瀬戸内寂聴は心不全のため京都市内の病院で逝去(享年99)。激動の時代を全身全霊で駆け抜けた生涯の幕引きは、多くの人々に深い喪失感と感謝の念を残しました。