朝鮮王朝の終焉とともに、伝統的なキーセン制度も激動の歴史に呑み込まれていきました。
1894年の甲午改革によって身分制度と公娼的な官妓制度が公式に廃止されました。しかし、その後日本統治下に入ると、日本の芸妓制度に倣った芸能養成・興行管理組織である「券番(クォンボン)」が設立され、キーセンたちは芸妓として再編されることになります。
さらに戦後、1970年代の朴正煕政権下において、外貨獲得政策の一環として大規模な「キーセン観光」が推進されました。この時代、本来の高度な伝統芸能や教養の担い手としての誇りは後退し、日本人観光客などを対象とした商業的な歓楽街ビジネスへと変貌を遂げてしまいました。
この近現代における商業化は女性運動や倫理的批判を受け、1980年代以降は急速に衰退・消滅へと向かいました。現在では、キーセンが継承してきた宮中舞踊やパンソリ、カヤグム演奏などの芸能のみが、韓国の重要無形文化財として高く評価され保存されています。