文明堂の歴史は1900年(明治33年)、長崎の地でうぶ声を上げた。伝統的な長崎カステラの手焼き技術を継承しつつ、同社を全国的なトップブランドへと飛躍させた立役者が中川竹治である。
中川竹治は「菓子は味の良さだけでなく、誠実な心とお届けする工夫があってこそ本物になる」という経営哲学を貫いた。東京進出を果たした際には、当時としては極めて斬新だった実演販売の導入や、新聞・ラジオ・テレビといった多様なメディアを連動させた立体的な広報展開を敢行。これが現在の株式会社文明堂東京をはじめとする各グループ企業の堅固な礎となった。厳選された新鮮な卵、小麦粉、水飴、そして職人が窯の温度と湿度を五感で見極める伝統の製法は、創業から一世紀以上が経過した現在も妥協なく受け継がれている。