開国によって海外から来日した欧米使節団や医師たちの一次史料には、当時の日本人の体躯に対する率直な驚きと困惑が書き残されています。
異国人の目に映った「頑強な小人たち」
ペリー提督率いる黒船来航時の公式記録『日本遠征記』や、初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリスの滞在日記には、武士や町人に対する詳細な身体観察が記録されています。彼らは一様に「日本人は男性も女性も西洋人に比べて極めて小柄である」と書き留めました。当時、欧米白人男性の平均身長はすでに170cm前後に達していたため、155cm前後の日本人成人男性は彼らの目には少年のように映ったのです。
しかし、単に虚弱と見なされたわけではありません。幕末に来日したスイスの使節団長アンベールは、自著『幕末日本図説』の中で次のような観察を残しています。
「江戸の飛脚や人足たちは驚くほど背が低い。だがその引き締まった筋肉と持久力は並外れており、わずかな握り飯と塩漬けの野菜だけで、数十キロの重い荷を背負って驚異的なスピードで山坂を走り抜けていく」
絶対的な骨格のスケールは小さくとも、下半身を中心とした筋力と心肺機能は極限まで研ぎ澄まされていました。粗食の中で培われた異様な燃費の良さは、当時の過酷な肉体労働を支える驚異的な適応の結果だったといえます。
幕末志士たちの例外的な大男たち
ネットの掲示板やSNSでは「幕末の志士たちは写真を見ると堂々としているが、やはり小柄だったのか」という疑問が頻繁に交わされています。これに対する回答は「全体としては小柄だが、歴史を動かしたリーダーの中には現代並みの巨躯を誇る例外が存在した」です。
土佐の坂本龍馬は、諸説あるものの遺品の着物や同時代人の証言から約170cm〜174cmあったと推定されています。また、薩摩藩の西郷隆盛も約178cm・体重100kgを超える堂々たる巨漢でした。平均身長が155cmの社会において、170cmを超える人物は現代でいう185cm〜190cmクラスの圧倒的な威圧感と存在感を放っていました。彼らが群衆の中で頭ひとつ抜け出し、天性のカリスマ性を発揮するうえで、恵まれた体躯が一役買っていたことは想像に難くありません。