韓国社会において「同い年のチング」という存在がどれほど重く、運命共同体的な意味を持つかを象徴する文化遺産が、2001年に公開され韓国映画史上空前の興行記録を樹立した韓国映画 チング 友へ(クァク・キョンテク監督、チャン・ドンゴン、ユ・オソン主演)です。
1970年代から1990年代の釜山を舞台に、共に少年期を過ごした4人の同い年の幼馴染が、成長するにつれてヤクザの対立組織やそれぞれの人生に引き裂かれていく様を描いた本作。作中で提示された「チングとは、一緒にいて恥ずかしくない存在だ」「チングの間でごめんなさい(謝罪)は言わないものだ」という美学は、韓国社会における同世代の連帯感を強烈に印象づけました。利害関係を超えて魂を預け合えるのがチングであるという感覚は、今なお大衆心理の深層に息づいています。
では、現代の一般ユーザーや日韓交流の現場ではどのような葛藤が起きているのでしょうか。SNSや各種知恵袋、韓国の大手コミュニティ(theqooやdcinside)を調査すると、韓国語 チング ネットの反応には生々しい声が溢れています。
「韓国の語学堂に通い始めた頃、2歳年上のクラスメイトに日本語感覚で『チングだからタメ口でいいよね』と言ってしまい、相手が明らかに引いていた。後から韓国の文化を知って冷や汗が出た」(20代日本人留学生)
「年下なのに『チングになろう』と持ちかけてくる日本人の態度は、悪気がないと分かっていても上下の礼儀を無視されたように感じて最初は戸惑う。韓国人同士ならまずあり得ない」(30代韓国人男性)
ネット上の議論を精査すると、「仲良くなりたいという善意」が、文化的な呼称のズレによって「敬意の欠如」と誤解されるケースが頻発していることが分かります。親密さをアピールしようとして安易にチングという言葉を使うことは、かえって心の距離を広げるリスクを孕んでいるのです。