音楽ビジネスおよびエンターテインメント社会学の視点から見ると、国立競技場での単独公演は単なる「大規模なコンサート」を超えた、国民的認知の社会的承認(ソーシャル・プルーフ)としての機能を果たしています。
特定のコアファン層の熱量だけでドームを埋めることは可能であっても、国立競技場を満杯にし、行政や地域社会の厳しい条件をクリアして公演を成立させるには、世代を超えた圧倒的な大衆性と社会的信用が不可欠です。旧国立におけるSMAPや嵐、そして新国立における矢沢永吉やAdoの単独公演は、「一過性のブーム」から「時代を代表する文化的アイコン」へと昇華した瞬間を象徴しています。
アーティスト側にとっても、国立のステージに立つことは自らのキャリアの集大成であり、同時にその後の活動に向けた強烈な覚悟を示す儀式となります。巨大な空間で観客と対峙するプレッシャーを跳ね返し、歴史に名を刻む覚悟を持った者だけが、この聖地に立つ資格を得るのです。