北西側の台座だけが、誰の像も乗らない「空席」のまま放置されている。これには長年、様々な噂や解釈が飛び交ってきた。
最も広く知られているのが「政治に完成はない」という未完の哲学だ。「政治とは常に発展途上であり、完成することのない営みである。未来の優れた政治家が現れるまで、この場所を開けておく」という戒めが込められているとされる。また、「将来、さらなる偉大な宰相が現れたときに立てるため」という後世への期待説も根強い。
実務的な背景に目を向けると、昭和11年の議事堂完成当時、4人目の候補者を絞り込めなかったという現実的な事情も存在した。聖徳太子や明治天皇を推す声があった一方で、政治的公平性を保つための苦肉の策として空座にされたという見方もある。いずれにせよ、この「空白」こそが、議事堂の中で最も力強いメッセージを放ち続けている。