上方落語の復活と発展に向け、上方落語協会の中核として汗を流した功績も極めて大きい。特に大阪・新世界に自費で開設した寄席「動楽亭」は、彼の落語に対する純粋な情熱の象徴である。常設の小屋が少なかった時代、若手や中堅が自由に腕を磨ける場を作りたいという一心で建設に踏み切った。
動楽亭の楽屋には今も師匠の写真が掲げられ、出番を迎える演者たちが静かに手を合わせる姿が見られる。上方落語協会に所属する若手噺家にとって、あの高座に立つことは一種の登竜門であり、伝統芸能の灯を絶やさないための聖地として2026年の今も熱い興行が日夜繰り広げられている。