谷中霊園を訪れる歴史ファンが真っ先に目指すのが、幕末から近代日本の舵取りを担った大物政治家・実業家たちの墓所です。
徳川慶喜の墓所(寛永寺墓地・特別区画)は、霊園北東部の静寂に包まれた一角に位置しています。最大の特徴は、一般的な仏教様式の角型墓石ではなく、玉垣に囲まれた神道形式の円墳(神葬祭)である点です。慶喜公は朝廷への忠誠を示すため、歴代徳川将軍の中で唯一神式で葬られました。厳かな鉄柵越しに見上げる円墳は、激動の幕末を生き抜いた最後の将軍の矜持を今に伝えています。
慶喜公の墓所のほど近く、同じく寛永寺谷中墓地エリアに佇むのが渋沢栄一の墓です。「日本資本主義の父」と称され、大河ドラマや新一万円札の顔としても知られる渋沢栄一は、徳川慶喜への恩義を生涯忘れず、慶喜の伝記編纂にも心血を注ぎました。墓所には栄一本人と妻・千代をはじめとする渋沢一族の墓石が堂々と並び、近代日本の発展に捧げたその偉大な功績を偲ばせます。
さらに園内西寄りの区画には、戦後の日本政治を牽引した元内閣総理大臣・鳩山一郎の墓があります。巨大で重厚な石碑が立ち並ぶ墓域は圧倒的な存在感を放っており、昭和の政治史に刻まれた足跡の大きさを物語っています。