『ガラスの仮面』の刊行ペースが極端に落ちた背景には、単なるスランプとは次元の違う構造的な要因が存在する。出版元である株式会社白泉社とのやり取りにおいて、美内すずえは雑誌連載時の原稿をコミックスに収録する際、ほぼ全ページを全面的に描き直すという特異な制作手法を取り続けてきた。
雑誌掲載版をそのまま単行本化すれば、とっくに完結していたかもしれない。だが彼女は、雑誌が出た後に「もっとマヤの激情を引き出せるはずだ」「亜弓の葛藤はこんな浅いものではない」と自問自答を繰り返し、コマ割りから背景、セリフの言い回しに至るまで徹底的に再構築する。この「単行本用完全描き下ろし」へのこだわりが、制作期間を年単位で引き延ばす直接の要因となった。
さらに、漫画出版業界におけるデジタル作画へのシフトやメディアミックス対応など、激動する制作環境のなかでもアナログの筆致と緻密な演出を守り抜いてきた。白泉社側も彼女の芸術的妥協を許さない姿勢を全面的に尊重し、納期よりも作品の質を最優先する異例のサポート体制を敷き続けている。