スキャンダル発覚直後、世間の注目を一身に集めたのが高岡の夫であった保阪尚希の動向でした。1996年に交際わずか数ヶ月で電撃結婚し、2人の男児をもうけて「芸能界きってのおしどり夫婦」と称されていた2人。保阪は騒動を受けて単独で緊急記者会見を開き、詰めかけた無数の報道陣を前に毅然とした態度でマイクを握りました。
この席で飛び出したのが、平成の芸能史に刻まれることとなった保阪尚希の記者会見における「火遊び」発言です。保阪は妻の行為を激しく責め立てるのではなく、「あれは彼女のちょっとした火遊び」「妻をそこまで追い込んでしまった僕自身にも責任がある」と、努めて冷静に語りかけました。怒りを押し殺し、男としての度量を見せつけるかのような振る舞いに、集まったメディアからは驚きと感心の声が漏れました。
しかし、会見で見せた寛容な表情の裏側では、すでに冷え切った冷酷な現実が進行していました。会見からわずか数日後の2004年6月下旬、2人は電撃離婚を発表します。後に明らかになった保阪尚希と高岡早紀の真の離婚理由は、キス写真そのものだけではありませんでした。多忙を極める生活のすれ違い、互いの価値観の乖離、そして精神的な孤立。当時、夫婦関係はすでに事実上の修復不可能な段階に達しており、あの六本木の夜は、張り詰めていた糸を断ち切る最後の決定打に過ぎなかったのです。