よしながふみ作『大奥』が歴史ファンや批評家から絶賛される所以は、「男女逆転」という大胆なif設定を用いながらも、男女逆転大奥と史実との違いを検証すると、驚くほど歴史的事実の年表を改変していない点にあります。
一般的な歴史改変ファンタジーでは、設定の変更に伴って戦争の結果や政権交代の時期がズレていくケースが目立ちます。ところが本作では、正徳の治、享保の改革、田沼意次の重商主義政策、天保の改革、開国から大政奉還に至るまで、教科書に載っている歴史上の大事件が寸分違わぬ年代で発生します。変わっているのは「その政治判断を下した動機」と「政策を牽引した人物の性別」だけです。
例えば、八代将軍・徳川吉宗が断行した徹底的な質素倹約令は、史実では財政難打開のための緊縮財政とされますが、作中では「男たちを美しく着飾らせて囲う大奥の無駄遣いを排し、実用的な国力を回復させるため」という切実な理由に置き換えられています。また、田沼意次や平賀源内、杉田玄白らが取り組んだ蘭学の発展や人痘接種の試みは、「赤面疱瘡の撲滅」という国家の最高機密プロジェクトとして再構築されました。緻密な歴史考証に基づき、「史実のピースを一切削らずに、裏側の動機だけを真逆に塗り替える」という職人技のようなプロット構成が、作品に類を見ない説得力を与えています。