教団の黎明期から成長期を支えたのが、最初の妻である大川きょう子氏だ。東京大学出身のエリートとして大川隆法氏と結婚し、教団内では「アフロディーテの生まれ変わり」あるいは「文殊菩薩」として神格化された。彼女は単なる妻ではなく、教団の副総裁として組織運営の現場を取り仕切り、広報や出版事業の最前線に立っていたのである。
しかし、その蜜月は唐突に終わりを迎える。教理の対立や組織運営の方針を巡り、夫婦関係は壊滅的な破綻をきたした。教団側は彼女を「悪魔」と断定して追放。泥沼の裁判闘争へと発展した。この衝撃的な「お鉢返し」は、新興宗教における権力闘争の恐ろしさを世に見せつける格好となった。
その後、新たな妻として白羽の矢が立ったのが、大川紫央氏である。20代の若さで総裁補佐に抜擢された紫央氏は、きょう子氏とは対照的に徹底した忠誠心と実務能力で教団のトップ側近としての地位を固めていった。この二人の妻の交代劇こそが、教団の構造を根本から変革する契機となったのだ。