2026年3月、発掘調査が進む胆沢城跡の泥土から、平安初期のものとみられる数十点の木簡が発見された。そこには、朝廷側が東北の先住民族である「蝦夷(えみし)」に対して送ったとされる、食料や衣類の支給記録が克明に記されていた。
注目すべきは、その取引の平等の高さだ。一方的な略奪や搾取ではなく、絹や鉄製品を対等に交易していた形跡が残されている。これは、軍事的な制圧が完了する前から、田村麻呂が現地コミュニティとの経済的な結びつきを重視していたことを物語る。力による支配ではなく、胃袋と生活の安定を握ることで、無用な流血を避けようとした彼の知略が垣間見える。