1920年代のフランス。乳白色の肌の女性像で世界を魅了し、エコール・ド・パリの筆頭画家として君臨した藤田嗣治。渡仏先での華々しい成功を捨てて帰国した彼を待っていたのは、戦時下という異常な社会状況だった。藤田は自ら進んで従軍画家を志願し、洋画の技法を駆使して戦場を描く「作戦記録画」の制作に没頭していく。
日本の美術界において、油彩画という西洋の技法で国家の戦史を残す試みは特異な局面であった。藤田の圧倒的な描写力と大画面を統括する構図力は、他の画家たちを遥かに凌駕していた。しかし、パリで自由を歌歌した芸術家がなぜ国策に傾倒したのか。その動機を巡っては長年議論が交わされてきた。