2010年、7年間にわたる壮絶な修行を終えた多久島法子は、ついに独立を果たした。だが、彼女の前に立ち塞がったのは、能楽界における歴史的背景だった。
能楽は長年、男性を中心に受け継がれてきた男性優位の芸術領域であった。明治以降、女性能楽師の進出が進んだとはいえ、体格や声量、伝統的観念による壁は今なお存在していた。身体の強靭さが求められる大曲や難演に挑む際、女性ならではの体躯でいかに圧倒的な存在感を示すかという課題は常に付きまとう。
しかし、彼女は逃げなかった。声の響かせ方、重心の置き方、装束の魅せ方を徹底的に研究。女性だからこそ表現できる細やかな感情の揺れ動きと、古典が持つ力強さを同居させた独自の表現スタイルを構築した。独立公演においては、大曲とされる難演技に次々と挑戦し、能楽界にその確かな存在感を示したのである。