映画『かぐや姫の物語』が公開された2013年以降、視聴者の間で最大の謎と議論の的であり続けているのが、帝の極端に尖ったアゴのビジュアルと、かぐや姫を背後から強引に抱きしめるシーンの演出意図です。
当時の制作ドキュメンタリーや関係者の証言によると、帝の造形を手がけた人物設計・作画監督の田辺修氏と高畑勲監督は、平安時代の絵巻物が持つ様式美をそのままなぞるのではなく、「人間としての生々しい愚かしさ」をいかに線一本で表現するかに心血を注ぎました。帝の顎が前に突き出たデザインは、「自分は誰からも愛されて当然であり、拒絶されるはずがない」と信じ切っている自己愛の過剰さを、物理的なフォルムとして視覚化した結果です。
劇中で帝は「そなたを幸せにできるのは、この私だけだ」という名言を放ち、かぐや姫の同意を得ることなく背後から不意打ちで抱きしめます。この瞬間、かぐや姫は激しい生理的嫌悪と精神的恐怖から思わず「助けて」と心の中で叫び、それが引き金となって月の世界へ救いを求めてしまいます。つまり、帝の身勝手なスキンシップこそが、かぐや姫が地球を去る運命を決定づけた最大の要因でした。
高畑監督は生前のインタビューにおいて、帝を決して「分かりやすい悪人」としては描いていないと語っています。悪意ではなく「自分を恵み与える側だと信じ切った無邪気な特権意識」こそが、相手の心を最も深く踏みにじるという人間の残酷さを、あの鋭利なアゴと抱擁シーンで見事に浮き彫りにしたのです。