京都府が抱える暗部の深さは、その長い歴史と不可分である。平安京の造営以来、この地は政権争いや合戦、政治的陰謀による凄惨な処刑の舞台となってきた。
怨霊を鎮めるための御霊信仰が発展した歴史そのものが、かつての人々が抱いた死者の祟りに対する本気度の裏返しと言える。戦乱の世で命を落とした武士たちや、無念の死を遂げた庶民の情念は、地脈を伝って特定の場所に蓄積されたと古文書は伝える。
伝説的な怪談師・稲川淳二氏が数々の語りの中で描き出すように、京都の恐怖は一朝一夕に作られたものではない。数百年単位で積み重なった人間の情念と無念が、現代の都市空間に歪みとなって表出しているのだ。