小森のおばちゃまを語る上で欠かせないのが、ハリウッドの伝説的アイコンであるジェームズ・ディーンとの深い絆です。1950年代、単身でアメリカ・ハリウッドへ渡り、映画誌の特派員として精力的な現地取材を行っていた彼女は、映画『エデンの東』で一躍スターダムに駆け上がる直前のディーンと対面を果たします。
当時の取材手記や回顧録において、小森さんは彼との出会いを鮮明に記しています。世界中のメディアに囲まれて神経を尖らせていたディーンは、小森さんの纏う慈愛に満ちた佇まいに警戒を解き、プライベートな孤独や家族への葛藤を打ち明けたといいます。小森さんは彼を親しみを込めて「ジミー」と呼び、ディーンもまた、極東からやってきた小柄な日本人女性を母のように慕いました。
1955年9月30日、愛車ポルシェを運転中の事故によりディーンが24歳の若さで命を散らした報せを受けた際、小森さんは号泣し、何日も寝込んだと伝えられています。帰国後、彼女はディーンの遺作『理由なき反抗』や『ジャイアンツ』の魅力を日本のファンへ情熱的に届け続けました。彼女の映画愛の根底には、夭逝したジミーの孤独を誰よりも理解し、その痛みを包み込みたいという切実な母性愛が存在していたのです。