インターネット上の受験ブログやQ&Aサイトでは、六歌仙に関して事実と異なる誤解や都市伝説が散見されます。得点力を安定させるために、ここで正しい歴史的事実を整理しておきましょう。
誤解1:「六歌仙は全員が完璧な最高峰の歌人である」という勘違い
「六歌仙=平安時代を代表する6人の神的存在」と丸暗記している学習者が多いですが、これは半分正しく、半分間違いです。
紀貫之が仮名序で彼らを取り上げた真の目的は、単なる賞賛ではありません。「この6人は確かに優れているが、それぞれに明確な欠点がある」という反面教師としての批評でした。貫之は六歌仙の長所と短所を浮き彫りにすることで、自身が編纂する『古今和歌集』が目指すべき「心と詞の調和」という理想形を宣言したのです。
誤解2:「六歌仙」と「三十六歌仙」の混同
入試問題の選択肢で頻出の引っ掛けが「三十六歌仙」との混同です。
- 六歌仙:905年頃成立の『古今和歌集』仮名序において紀貫之が挙げた6人。
- 三十六歌仙:平安時代中期(11世紀初頭)、藤原公任(ふじわらのきんとう)が著書『三十人撰』で選定した36人。
なお、六歌仙の6人は全員が三十六歌仙にも選出されています。「六歌仙は三十六歌仙に含まれない」という誤った選択肢には注意してください。
誤解3:百人一首に全員入っているという思い込み
藤原定家が選んだ『小倉百人一首』には、六歌仙のうち大伴黒主を除く5人の歌が採録されています。黒主のみが百人一首から外れている理由は、仮名序で「そのさま卑し」と評された通り、後世の宮廷貴族社会において格調の面で一段低く見なされたためと解釈されています。この「黒主だけ百人一首にいない」という事実は、正誤判定問題で極めて狙われやすいポイントです。