今でこそ時代の寵児としてスポットライトを浴びる彼女だが、ここに至る道程は決して平坦ではなかった。デビュー当初、既存の枠組みに収まらない独特のスタイルは、一部の業界関係者から「早すぎる」「万人受けしない」と冷ややかな評価を受けることも少なくなかった。
ライブハウスの客席が数人しか埋まらない夜もあった。それでも彼女は足を止めなかった。深夜のスタジオで一人、作詞作曲に没頭し、音創りの技術を独学で磨き上げた。「誰も評価してくれないなら、誰も無視できないほどのものを作るしかない」。当時のノートに残されたその言葉が、彼女の反骨精神を雄弁に物語っている。