なぜ、上皇明仁の誕生日である12月23日は、退位後に別の記念日や祝日として残されなかったのか。そこには皇室の伝統と政治的配慮という、極めて繊細な事情が存在する。
政府関係者や宮内庁の議論において強く懸念されたのは、「二重権威」が生じるリスクであった。在位中の今上天皇徳仁の誕生日(2月23日)と、前天皇である上皇明仁の誕生日(12月23日)の双方が祝日として並立した場合、新旧の天皇に対して国民の関心が分散し、象徴の一元性に影響を与えるのではないかという見方だ。
内閣府の見解としても、前天皇の誕生日をそのまま祝日として残すことには慎重な立場が取られた。皇室の歴史的バランスを守り、現権威への集中を図るという観点から、在位中のみ祝日とする原則が優先された結果と言える。