ネット上のコミュニティや知恵袋などで長年議論されてきた最大の疑問が、「山奥で猪に育てられた伊之助が、なぜ自らの誕生日(4月22日)や『嘴平伊之助』という漢字フルネームを知っていたのか?」という点です。
作中の描写および公式スピンオフ・ファンブックの裏設定を丹念に紐解くと、そこには「母の残した遺品」と「心優しい村人との交流」という2つの明確な理由が存在します。
【真相1:赤子のふんどしに記されていた『嘴平伊之助』の文字】
伊之助が赤子の頃、母・琴葉は暴力夫や姑から逃れ、万世極楽教に身を寄せていました。しかし教祖・童磨の正体が人を喰らう鬼であることを知った琴葉は、我が子を抱いて必死に逃亡。断崖絶壁に追い詰められた際、せめて息子だけでも生き延びてほしいと、名前を墨で書き記した『ふんどし(布切れ)』を赤子に着せ、下の川へと投げ落としました。これが彼が自らの名前を保持できた原点です。
【真相2:たかはるの祖父による言葉と読み書きの伝授】
母イノシシに拾われ育てられた幼少期の伊之助は、山麓に住む青年「たかはる」の家に頻繁に現れていました。たかはるは野生児である伊之助を煙たがって追い払おうとしましたが、ボケの始まっていたたかはるの祖父(おじいちゃん)は伊之助を可愛がり、おかきを与えながら百人一首の読み聞かせや言葉の教育を行いました。このとき、身につけていた布の文字を読んでもらい、伊之助は自分が「嘴平伊之助」であることを認識したのです。
では、「4月22日」という具体的な誕生日そのものはどうやって判明したのでしょうか。これについては公式設定上、母・琴葉が残した布や所持品に生年月日が書き添えられていたという説、あるいは産土神社や戸籍の記録、さらには鬼殺隊入隊時の身体測定・調査などで判明したという複合的な背景がファンの間でも考察されています。いずれにしても、彼が自らの存在を「人間」として繋ぎ止めることができたのは、母が最後に残した文字とおじいちゃんの温かい教えがあったからに他なりません。