平安時代中期、権勢を極めた摂政関白・藤原道長と、その娘・彰子に仕えた紫式部。ふたりの影は、この宇治の地に深く刻まれている。道長にとって宇治は別業(別荘)を構え、権勢の象徴として心を解き放つ極上のリゾート地であった。政界の頂点に立った道長が催した豪奢な船遊びの記録は、当時の貴族社会の華やかさを今に伝える。
一方で、紫式部は冷徹な眼差しでその栄華を見つめていた。道長が築いた現実の権力機構とその裏にある人間模様の葛藤は、彼女の鋭い観察眼を通じて文学の素材へと昇華していく。宇治は単なる行楽地ではなく、平安王朝の政治と文学が濃密に交錯した思考の実験場だったのだ。