中野英雄の若い頃は、まさに壮絶な不良時代でした。東京都杉並区や新宿・渋谷を拠点に喧嘩に明け暮れる日々を送っていた10代後半、彼の運命を決定づける人物との遭遇を果たします。それが当時、劇男一世風靡のリーダー格として街で名を馳せていた哀川翔でした。
新宿の路上で哀川翔に喧嘩を吹っかけた中野は、返り討ちに遭い瞬時に叩きのめされます。しかし、その圧倒的な強さと男気に惚れ込んだ中野は、その場で「この人についていこう」と決心。哀川の付き人兼運転手となり、ストリートパフォーマンス集団「一世風靡セピア」の母体である「劇男一世風靡」の裏方・メンバー(通称G-BOYS)として芸能界への第一歩を踏み出しました。
当時の芸能関係者や特番インタビューでの証言によると、哀川の厳しい指導と現場での礼儀作法の徹底が、荒くれ者だった中野にプロとしての規律と根性を叩き込んだとされています。路上での敗北がなければ現在の俳優・中野英雄は存在しなかったといっても過言ではありません。