SNSやファンのコミュニティ、さらには近年の昭和ポップス再評価ムーブメントにおいて、この2人はどのような視線を集めているのでしょうか。ネット上に散見される長年のリスナーおよび20代を中心とする新たなリスナーの声を調査・抽出すると、極めて興味深い傾向が浮き彫りになります。
大手掲示板やSNS(X・YouTubeコメント欄)に寄せられたファンの反応を検証すると、次のような声が主流を占めています。
- 「聖子ちゃんがファンタジーを歌うお人形だとしたら、明菜とキョンキョンは少女のリアルな葛藤と反逆を歌ってくれた」(50代女性ファン)
- 「80年代当時は派閥争いのように言われていたけれど、2人とも大人たちに媚びないロックな精神を持っていた。今見ると最高にシスターフッド(女性同士の連帯)を感じる」(40代男性リスナー)
- 「YouTubeで明菜ちゃんの『TATTOO』を観て衝撃を受け、キョンキョンの『木枯しに抱かれて』をサブスクで聴いて痺れた。今のアイドルにはない圧倒的な自己プロデュース力」(20代クリエイター)
特に注目すべきは、若い世代における「共鳴」です。作られたイメージを消費される客体から、自らの表現をコントロールする主体へと脱皮していった中森明菜と小泉今日子の姿は、個人の発信力や自立が求められる現代において、極めて現代的なロールモデルとして受け止められています。2人の間にあったのは嫉妬や敵対ではなく、時代と格闘しながら女性の新しい生き方を切り拓いた「連帯の精神」であったと、現代のオーディエンスは直感的に理解しています。